自己啓発実践日記(24日目)

どうも、チャッソです☆

なんだか気分が優れません。

とにかく書いていきます!

ブラインドタッチ練習

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングえりあじゅうで、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

パーキングエリア中で、ファンはずっと湯花を蒸す。

昨日よりも指の動きは格段に速かったものの、ミスがかなり多かったですw


デイリーページ

  1. LINEスタンプのキャンペーンをやっていて、新しいスタンプを無料で買えたのが嬉しかった。
  2. ゆっくりとした時間を過ごせたことに感謝したい
  3. 一度気持ちを切り替えて、自分のやりたいことを再確認できたのは良かった

  1. 普通に落ちている120円を拾うよりも、こんな感じの方が嬉しい
  2. 立ち止まることも大切。自分を見つめ直す時間は定期的に取ろう
  3. 自分が楽しいことでしか、結局人を本当に喜ばせることもできない

  1. 自分に正直にいきたい
  2. 余計なことは考えず、まっすぐに自分の進みたい方向に向かっていきたい
  3. 経済的にも精神的にも豊かになりたい

  1. 自分の心の声に耳を傾ける
  2. 好きな人の言うことだけをきく
  3. 自分の望むものは、自分の中にあることを思い出す。

雑記

本当は、誰からも相手にされなくていい。自分の中の充実感だけが全てだと思っている。

だが時々、無性に焦ってしまうことがある。

自分の外側の何かが自分を本当の意味で満たしてくれることなんてないってことは、もう重々知っている。

そのはずなのに、『人に愛されたい』『人に認められたい』『何かとんでもない功績を残したい』と思う自分が現れてくる。

『醜くなってまでいきたくない』と思う。

他人の目なんて気にしたって仕方ないのに、気づいたらカッコつけて、将来に不安を覚えている。

品のない年寄りを見て、ああはなりたくない、なんてことを思ったりする。

彼らは彼らで、今の俺には想像もつかないような充実感、絶望感を抱いていることだろう。

俺になんてわかるわけがないのだ。

何を偉そうに考えていたのだろう。

彼女をとても大切に思う。

彼女に何か大きな悲しみが起こってほしくないと思うし、彼女が楽になってほしいし、彼女の楽しそうな顔が見たい。

今の俺は、ただ彼女に幸せになってほしいと感じられるようになっている。

彼女が自分に対して何もしてくれなくても全然構わない。

だけど、今お金が十分にないせいで、彼女を楽しませることができないでいるのは嫌だと思う。

今の自分はこんな感じだ。

だけどまた数日したら、変わるだろう。

彼女から何かを求めるだろうし、お年寄りに愛情を感じることもあるだろう。

誰かを幸せにするよりもむしろ、自分の幸せが大切になっているかもしれない。

その時にはきっと、『自分が幸せでない限りは他人も本当の意味で幸せにすることはできない』と言っているだろう。

どの自分も正しいようなきがするし、どの自分もまちがっているような気がする。

きっとそれは、頭の中の世界が真実じゃないからだ。

結局、正しいとか間違っているとかは、あるようでないような曖昧なものだ。

人によってその尺度も違うのだから。

今自分があること。今呼吸していること。

そういった感覚が真実なのであって、それについて考えることや思考自体は、幻みたいなものなのだ。

科学が発達して、文明が発達して、人間の生活は驚くほど便利なものになったけれど、

いきている実感からはますます遠ざかっているのではないだろうか。

きっと、思考が全てのような考え方が潜在意識に刷り込まれているせいだ。

意識的な努力をすればするほど、俺はどんどん生きている実感から遠ざかっていく。

見れども見ず、聞けども聞かず。そんな状態に陥っていく。

生きているはずなのに生きていない感じがする。

そんな時は瞑想すると良かったりする。

呼吸に意識を集めていると、自分を思考自体を客観的に捉えられるようになってくる。

そうすると、いつのまにか心が落ち着いている。

ゆっくりと眠れるようにもなる。

お釈迦様は全てを見通したと言う。

瞑想することで、移りゆくこの世の全ては幻であると見通したのだと言う。

俺にも本当はわかっているようなきがする。

どんなに美しい人であっても、いつかは醜く朽ち果てるだろうし、

仮にその人が科学の力で永遠にいきられるようになったとしても、

誰もが美しくなり、誰もが永遠にいきられるような世界ではきっと何の価値もないだろう。

あるのは異性からの『この人と子供を作りたい』という感情だけだ。

俺はこの人生で何がしたいのだろうか。

きっと、この世で生きるよりもはるかに素晴らしい何かを見つけたいのだ。

本当はこの世界で、栄華を飾ることにそれほど価値を感じてはいないのだ。

誰にも認められなくてもいい。誰からも愛されなくてもいい。

なぜなら、そんなものをはるかに凌駕する何かを見つけることこそ、自分の生きる目的だからだ。

ただ生きているだけで心のそこから満足できる、そんな自分を見つけたい。

そしてそんなものを得ている人などどこにもいないからこそ、俺は誰のいうこともまともに聞くことができないでいるのだ。

それでも俺は、この世の全てを凌駕するような幸福を得たい。

生まれてきたからには、今まで感じたこともないような喜び、想像もできなかったような幸福を感じたい。

そしてそれを感じる以外に、俺が生きる理由なんてない。

テイラースウィフトはあんなに綺麗で、音楽もあんなに評価されているのに、なんか幸せそうじゃない。

ホリエモンだって、あんなに成功しているのに、なんかどこか息苦しそうに見える。

きっとそこじゃないのだ。外側には幸福はない。

本当は何かをすることに価値があるのではなく、自分自身を限りなく感じて、愛することこそ、幸福になる唯一の方法なのだ。

仮に輪廻転成があるとしたって、きっとこの自分はもう一度やれることなどない。

この自分はもう、二度と生きることができないのだ。

今も一刻一刻と時間が過ぎていく。

1秒前の自分には戻れない。

1秒前の自分を感じることはできない。

1秒前の自分を愛することはできない。

それなのに、自分を嫌い、自分以外の何者かになろうとしていた。

あまりにも勿体無いことをして生きてきた。

これからは、自分を手放したりはしない。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする