他人に惑わされず自分らしく生きる道を見つける方法

ブログを始めて2週間くらい経って、慣れてきてきたところだし、楽しくもなってきたところ。

こんな時にこそ、単純に楽しむ。

結果に執着しない。

『こんな感じでいいか〜』
ってくらいでいいんだ。

頑張るって感じよりも、楽しむことを優先する。

自分と向き合ってみよう。

他人からの評価を軸に生きるのか、

自分の楽しみや喜びを軸に生きるのか。

どっちがいいのか、感じてみる。

最近になってすごく運が上向いてきている。

自分の生き方を見つけたし、自分の生き方をしていいんだ、とも思えている。

人生に1回しかない種類の良いことだ。

かつては闇の中で狂いそうになっていたが、

今は人生が喜びで溢れている。

充実感のある日々を過ごせている。

それは、出会いがあったからだ。

出会いが僕を変えてくれた。

本当に尊敬できる人との出会いがあったから、今喜びに溢れた毎日を送っていられる。

この人の後ろ姿を見ていれば、俺はもう迷わない。

そう確信できる人に出会えた。

たとえ身近に、自分のやる気をそぐような人がいて、定期的に俺のテンションを下げようと試みたって

俺には何の効果もないだろう。

俺は淡々とやりたいことをやり続けるだけだろう。

誰だってそうなんだと思う。

たとえ周りに何百人もの足を引っ張ろうとする人がいようと、

心から信じられて、心から尊敬できる人がたった1人でもいれば、

人生を嬉嬉として歩んでいける。

自分がやりたいことが分かっていれば、

ただそれをやり続けて生きていくことができる。

本当は誰もが、自分が本心で行きたい方へ後押しされたいと願っている。

中途半端になんでも出来てしまう人ほど、注意が必要だ。

なぜなら、他人からの期待が大きくなってしまって、

いつの間にか自分の声を聞くことを、忘れてしまっているからだ。

僕自身、そこそこ何でも出来てしまった。

だから、いつの間にか他人の評価が自分の行動の基準になってしまっていた。

そうなると、『そこそこなんでもできる』という自分を守らなければならなくなった。

だって、他人からの『君は将来的に人に賞賛されるような人間になるべきだ』っていう期待に応えられなくなるから。

初めから努力してないのに、そこそこなんでも出来てしまうと、

『努力してないのに出来てしまう自分』を誇りに思ってしまう。

『俺は努力をしなくてもそこそこで生きていけるかもしれない』

そんなふうに考える。

そうすると、努力をするのがかっこ悪いことだと思ってしまうから、

いつの間にか努力できなくなっていく。

だけど、それは

『努力をしなければならない』

『嫌なことに歯を食いしばって耐えなければならない』

それが当たり前の生き方だと思っているからだ。

心の底では、そんな人生は嫌だと思っているから、

やっぱりいつの間にか努力出来なくなっていく。

他人の期待に応えるのが自分の行動の基準になっていると、

いつか必ず、『他人の期待に応えてないと自分には価値がない』という観念ができてしまう。

最初は、『自分には価値があるけれど、他人の期待に応えた方が良さそう』くらいの気持ちだったとしても、

他人の期待に応えられなかった時に嫌な空気になったりして、

『次は期待に答えなきゃ』ってなって、

次第に強迫観念みたいになっていって、

『期待に答えられないと俺やばいんだ』ってなっていく。

そうやって自分を見失う。

自分を見失うと、自分が何をすれば楽しいのかを忘れてしまうから、

生きること自体がつまらなく苦しくなってしまう。

だったら、自分を軸にして生きていけばいいんだ。

大丈夫。何をやったって食いっぱぐれなんてない時代だから。

これからもっともっと、世界は良くなっていくから。

既にかなり多様性があるこの日本で、食いっぱぐれることなんてないから。

たとえば、ゲームの武器の名前をつけるという仕事をして生計を立てている人が世の中にはいる。

アラームでは起きれない人に、モーニングコールをかけることを生業としている人がいる。

ほら、視野を広げれば、誰にだって自分の居場所があるんだよ。

自分の苦手なフィールドで生きる必要なんてない。

そんなの、炎タイプのポケモンで水タイプのジムリーダーに挑むみたいなものだ。

他人に合わせて、自分を殺す必要なんてない。

社会に受け入れられようともがく必要なんてない。

そもそも、全ての他人に受け入れられることなんて不可能だ。

そもそも、社会に受け入れられる人間って誰のことを指してる?

それは自分より上手く社会でやっている人のこと?

その人が心の底で幸せだって本当にわかりますか?

もう心配しなくていい。

自分を卑下しなくていい。

自分を否定してくる人なんかと一緒にいなくていい。

ただ、自分と向き合ってみるだけでいい。

そこに、あなたの生きる道が必ずあるから。

自分と向き合ってみて、自分が何をしたいか分からない、という人は多いと思う。

そこで、自分がなんでもできたら?自分が超金持ちだったら?自分がめちゃくちゃモテまくったら?

と想像してみよう。

その上で、あなたが何をやりたいか。

全てを手に入れている、という前提で、考えてみよう。

バク宙からプログラミングから政治活動までなんでも天才的に出来て、ヴィクトリアズシークレットに出てくるような美女数百人に心底惚れられていて、バカでかい豪邸とかランボルギーニとかなんでも持ってる。

そう想像しよう。

それでもやってみたいことは何だろうか?

そんな超誇らしくて贅沢三昧の日々の中でも、やりたいこと。

それがあなたの本当にやりたいことだ。

なぜなら、それは自分の優越性を誇示することよりも、贅沢をすることよりも、あなたにとって重要なことだから。

その活動はきっと、あなたにとって今もっとも大切な事なのだ。

今すぐ、その方向に向かおう。

たとえその道に行くことが間違いだったと後で気づいたとしても、

その時には、もっと自分に適した道を見つけているのだから、それに向かって進めばいい。

何も問題なんてない。

自分の心に従って進めば、人生はシンプルになるのだ。

他人の目を気にして、自分の本心では望まない道を歩むか、

自分の心の声を大事にして、生きていくのか、

それを選択すればいいだけ。

『本当にこれで大丈夫なのか?みんなと同じように生きていく方が良いんじゃないか?』と疑ってしまう時も最初のうちはあるだろう。

そんな時は、未来にある最高の自分の姿を想像してみるといい。

そこにいる自分は、他人の評価に一喜一憂しているだろうか?

そんなはずはない。

他人の評価に一喜一憂しない自分に、あなたは魅力を感じているはずだ。

あなたは必ずそうなれる。

まず、あなたがそれを信じるならば。

簡単なことだけど、それが全てなんだ。